下町イーハトーブ。

漫画家森山まみちのブログです。秋田書店ミステリーボニータにて宮沢賢治の物語「銀のノスタルヂア」を不定期掲載。只今育児休暇中。2016年6月より制作再開です。

花巻へいってきました。

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こんにちは!

 

しばらくご無沙汰しておりました。

 

 

さる8月18日~19日と、1泊2日で花巻へ行ってきました!

 

目的は8月に期間限定で公開されている「賢治産湯の井戸」。

 

 

実はこのときと前後して作っていたお話に、この産湯の井戸が登場するので位置関係や井戸の感触を確かめるためにどうしてもみておきたかったのでした。^^

 

 

1896年8月27日。

賢治の母親、イチさんは鍛冶町にある実家で賢治さんをうみました。

イチさん、このとき19歳。(若!!)

 

イチさんのご実家は花巻でも有数の財閥です。

父の宮澤善治さんは実直、誠実な人柄で、砂糖や油といった日用の食料や小物を扱いお店は大繁盛しました。

 

 

伝え聞くところによると、27日、早朝4時に陣痛が始まり、納戸へ移動。

当時、この地方の風習で納戸に藁をしき、俵を四方においてそれによりかかるようにして陣痛を乗り切ったそうです。

昔の出産は座位。

医療技術がまだ発達していない当時のお産は、棺桶に半分つっこんで行うような心意気だったのではないでしょうか・・・。

 

7時に賢治さんを出産。

安産ですね!

 

この朝、花巻は晴れ。

光と風が美しい爽やかな朝だったそうです。

 

 

私自身も3月に娘を出産した生々しさがまだ感触として残っているので、陣痛のすさまじさや、自分の身体から生命体がでてくる新鮮な驚きという、イチさんの気持ちを追体験するような気持ちで井戸を眺めていました。。。

 

 

写真の後方に風呂場があり、(左の窓があるところ)そこで賢治さんを井戸からくみ上げた水で洗ったのだろう・・・と説明をしてくれた心優しきおじいさんが教えてくれました。

 

 

井戸は思ったより深かったです。

 

 

 

 

 

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写真ではクローズアップしているのでわかりにくいかもですが、ひんやりとした地下に細く長く掘られている感じでした。

 

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おじいさんがお水をくみ上げているところ。

 

イチさんの実家は空襲を逃れたため、明治時代の風情が今もなお残っております。

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赤レンガ倉庫。

ここにお店におく商品の在庫を置いていました。

当時赤レンガは、花巻ではハイカラだったのではないでしょうか。

 

ところどころ黒くなっているのは、戦時中に敵機の空襲を免れるため黒色に塗ったからだそうです。それが長年を経て禿げているのですね。

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池には鯉が泳いでおりました。

 

左手の建物は、当時の人足やお店の人の休憩所だったそうです。

 

 

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「宮善」と親しまれていた当時に想いを馳せながら、イチさんのご実家をあとにしました。

 

 

いいなあ、明治。

 

ぜひぜひ、賢治の生まれた明治のおもかげを描いてみたいと思っているのですが・・・

 

 

担当さんにネームをみせたら

 

 

 

 

ボツりました。

 

 

 

↓没ったネーム・・・。

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(全63ページ。

賢治さんの生まれた数日後、陸羽地震が起きたのでそのときのことも描きたかったのです)

 

 

 

さて、お話をもどし・・・

 

 

 

そのあとは大通りに出て、「賢治の広場」へ。

資料になりそうな写真をいくつか撮影。

 

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右側の黒い箪笥は、賢治さんが幼少の頃、かわいがってくれた伯母、サメさんが愛用していたもの。

 

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明治期の花巻祭りの山車。

写真は賢治の実家がある豊沢町の山車ですね。

明治30年ごろということは賢治が1歳になったあたりでしょうか。

当時の山車は高ければ高いほど良い!という風潮で、それは見事な山車が練り歩いたそうです。

しかし大正期にはいり電信柱がたつと、今度は低く横に広がる山車に変化したそうです。

 

 

 

さて、この日はそのあと、花巻図書館へ。

賢治さんの妹トシが通っていた花巻女学校のことを調べるため。

 

当時の資料はほとんどなかったですが、1冊だけ学史を司書さんが見つけ出してくれ、がんばってコピーしました。

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こちらは司書さんが資料を探してくれているのを待っている間、ちょうどいい岩手県の民家の中の写真があったので急いでスケッチしたもの。

1850年ごろに建てられた江釣子(えづりこ)村の農家。

(「岩手県百科辞典」岩手放送出版 昭和53年 より)

 

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図書館を出ると、空がラピス色の日暮れのオペラを奏でているようで素晴らしかったです。

花巻は空が広い!

東京だとビルにさえぎられてこんなにダイナミックに見えません。

 

 

 

 

 

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2日目。

ホテルから外をみたもの。

なんて気持ちの良い朝。

昨夜はなんと7時半にベッドに入り、5時までずうっと寝ていました。(笑

独りになれた安心感と、育児からしばし解放されたので気が緩んだのでしょうね。

久しぶりにたくさん眠れました。^^;

 

 

今日は一日宮沢賢治記念館に居座りました。

リニューアルオープンして以来はじめていったのですが、デザインが黒を基調にかっこよくなっていて、ビジュアル豊かになっていました。

 

残念ながら記念館内は撮影禁止なので、ずうっとノートをとっておりましたよ。

 

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記念館がある胡四王山の頂上は自然が豊かなので、散策するにはとても気持ちがよいところです。

ちょこちょこスケッチもとりました。

 

記念館からは、ちょうど早池峰山が拝めます。

賢治さんもこの光景を眺めたのかなあ・・・と思うとなんだかぶるぶる感動します。

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スケッチをしているとき、ザワザワザワ・・・・と音がするのでなんだろうと見上げてみたら、「やまなし」が風にゆれている音でした。

 

 

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「シグナル」と「シグレス」

 

 

・・・残念ながら草木にはあまり詳しくないので素敵な木や葉をみても名前がわからないところが悲しいところです・・・。

そういう人間にとって、道端にある植物パネルはとても有り難いです。

 

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帰りはイーハトーヴセンターに寄りました。

加藤昌男さんの 「百八賢治曼陀羅蔵書票展」に心打たれてぼんやりしました。

賢治の書いた童話すべての銅板画は圧巻・・・。

ゴッホの描く星のような、アニミズム的な(それでいて西洋的な)想像力を感じました。

ほんとうに素晴らしかったです。

 

 

自分のおみやげ資料は「岩手県地質図」。

 

 

夜、北上まで東北線でむかい、そこから上野まで戻ってきました。

いやだいやだと思っていた東京ですが、最寄りの駅についてみるとなんだかほっとしたなあ・・・。

 

 

駆け足の旅でしたが、日常を忘れ、一息つけた夏の一人旅でしたよ。^^

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

 

 

 

 

 

はあ・・・しかし、課題は山のように。

いまだネームができておりません・・・。

いったいどのように進めばよいのか、いまだ樹海の中です・・・。

 

来年の春なんてまだまだ先・・・ですが、今から準備しないと間に合わないんですよねえ・・・。(遠い目)

 

 

 

ではでは!

 

 

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賢治が昭和4年、花巻病院佐藤隆房院長宅の新築祝いに贈った薔薇の苗木

「グルス・アン・テプリッツ

和名は「日光」

横浜の苗木屋さんからいただいたそうです。

 

 

・・・と、この薔薇をまえに観光客に説明していた賢治ナビゲーターのかたの話をスケッチしつつ盗み聞きしていたわたし。