下町イーハトーブ。

10年底辺漫画家の森山まみちのブログです。秋田書店ミステリーボニータにて宮沢賢治の物語「銀のノスタルヂア」を不定期掲載。このブログは漫画の制作日誌です。朝夕更新。

知恵泉。

昨夜のEテレ知恵泉宮沢賢治でした‼️

 

www4.nhk.or.jp

 

 

色々勉強させていただきました。

 

精神科医の先生が、彼の生き方は現代でいうなら、

引きこもりのニートだと話されているくだりで、

ちょっと笑ってしまいました(失礼)

 

たしかにそういう部分もあるんでしょうねえ。。。

 

 

あれだけ継ぐのがいやだった質屋となる絶望感。

 

友人保坂嘉内さんに、怨念のような愚痴をつらつらと

書き綴った手紙の内容はなかなかゾッとします。

 

自己叱責もひどく、

このときは深刻なノイローゼ状態だったのではないでしょうか。。。

 

 

 

家出したにもかかわらず、上京後、父と和解した後は

仕送りをしてもらっていたようです。

 

せっかく性にあっていた農学校の教師も四年でやめてしまい、

身体が弱いにもかかわらず、地人となって生きることに転向してしまう。

結果、病を悪化させ自宅にもどることになる。。。

 

 

最後まで経済的な面では門閥の一家、裕福だった家に頼り、

特に父親政二郎にはこの世では頭が上がらなかったと思います。

 

俗世では相当生きにくいタイプの方であったことは

間違いないでしょう。

 

でも、賢治を馬鹿にする気も、責める気も全然ないんですよね。

なぜならわたしもニートのような生活だったので。

 

大学卒業後、神奈川の海が見える田舎で長い間隠居のような

生活をしていた二十代。

バイトはしていましたが、家賃だけは親の仕送りに頼っていました。

朝から午後まで漫画を描いて、夕方から夜バイトにいって。。。

遊びに行くこともせず、漫画を描かないときは映画やDVDや小説を

読んで引きこもっていました。

それが五年、漫画家になってバイトを辞めても続きました。

 

実家に帰って家業(農家)を手伝いながら描いていたら、

どんなにか両親に負担をかけずにすんだか。。。

けれど、若い自分には陰鬱で因習が怨念渦巻く田舎には

絶対に帰るもんかとずっと帰省することはしませんでした。

家賃おくってもらいながら。。。。

ダメダメ人間ですよ。そのあたりは賢治以上ですね。

(賢治は一応家業やってたものな。。。)

 

今だって主婦でなかったら、あいりんとか山谷あたりを

ウロチョロしているんじゃないでしょうか。

似顔絵一枚30円で呼び込みしつつ。。。

 

 

けれど、この孤独な創作時間はとても貴重な時間だったと

あとで振り返って思うのです。

 

脛かじっておいて何様だ、と自分でも突っ込みたくなりますが、

開き直っていってしまうと、

わたしもこの世にとてつもない生きにくさを感じるのです。

 

家族や主人にもよくいわれますが、社会不適応者です。

 

だから創作がやれているんだと思います。

 

賢治も、創作は彼にとって最高に羽を伸ばせるフィールドであり、

カウセリングであったり、自己セラピーであったり、

死者と交信する架け橋であったり、日記であったり、

願いであったり、四次元世界をも巻き込む万物との感知器であったとも

思います。

 

 

また、賢治は精神的な障害を持っていたのではないか、という

話題がネットでも見られます。

当時は変な人とうつっていたのでしょうが、その病名など

最近になってやっと世間で認知され始めたものなので、

もう確かめようがないとは思うのですが。

 

 

。。。。これ以上は長くなりそうなので、またこの話題は後日にでも。

 

賢治のことになると、たくさん喋りたくなってしまうなあ。^^;

 

 

ダメなときは、ダメでいいんよ‼️