マンガ道。

漫画家森山まみちのブログです。秋田書店ミステリーボニータにて宮沢賢治の物語「銀のノスタルヂア」を不定期掲載。こちらは主に私的日記です。

怒りの感情と子育て

最近娘に対するイライラ度が強くなっております。

 

子供って。。。なんでこう、

まったくいうこときかないんでしょうか。。。

怒られてもそっぽですよ。。。(*_*)

 

私が3歳の頃はどうだったのか。。。というと、

今の娘以上に怒られたりしていました(^_^;)

 

父母は仕事で忙殺されていたので、

幼い頃は父母との記憶はあまりありません。

 

 

子供の頃、

祖父母に育てていただいていたのですが、

 

祖母は短気だったうえに、

農作業、家事、私らを育てる苦労で、

よくイライラしていました。

 

そのイライラの矛先が小さい私に向かっておりました。

 

ちょっとぼやっとしていたら

 

「どきない‼️」

 

と撃が飛び、箒で尻を叩かれ、笑

台所でちょっと間違ったり家事でミスすると、

 

「何しよんでっ‼️」

 

と般若顔で怒鳴られ。。。

 

祖母との思い出の半分以上は怒られた、罵声ばっかりの

記憶しかありません ^^;

 

けれど、ゆとりがないと人はどうしても

周囲に、それも一番弱いものに怒りや憎しみを

向けるもの。。。。

 

祖母は気丈で農業も祖父を支えて頑張り、

家でも疲れた身体を引きずって

家業を頑張っていて、

入るお金もわずかですし、その上休みなし

家父長制度は根付いており、夫に仕え。。。

のストレスフルだったので、人生にイライラし通しだったのは

もう仕方がないかもしれません。

 

ただ、姉よりボヤッとしている私のほうに

怒りの矛先は向けられておりました。

 

姉もまた子供の時は妹の私のお世話を命じられ、

それもお荷物だったのでしょう、

イライラして邪険にされたり、当たることが多かったです。

 

そう思い返すと、

わたし、当たられてばっかり。。。。(^_^;)

 

 

 

 

そんな風にして育てていただいたおかげか、

 

今の娘を見ていると。。。

 

甘やかされているなあ。。。。

 

と、シビアな感情が湧きます。。。。🙁

 

横浜の義父母、うちの父母は

当然たまにしか会わないので甘やかしいなのは

わかります。。。

 

うちの主人も、平均的な世間の父親に比べて、

随分娘にゆるいところがあります。。。

怒るべきところで笑っているという。。。

 

私は、祖母に育てられたおかげで、

自分も娘に対して厳しい面が出てきたように

最近感じます。

 

私自身のコンディションが悪い時は、

時には憎悪するくらい

イライラすることも。。。

 

 

私は、両親から体罰を受けた覚えはありません。

両親も、親(私にとっては祖父母)からあの時代に

は珍しく体罰を受けたことはないといいます。

 

主人においても、両親から一度も体罰など

受けた事はないそうです。

 

体罰というのは連鎖してゆくので、

私ももちろん、

いかなる理由であっても、

子供を殴る蹴るはけしてあってはならないと

思っています。

なので、子供に今まで体罰を行ったことは

ございません。

 

 

ございませんが。。。。

 

 

いざ子育てに直面するとどうでしょう、

 

ふざけるなあああああ‼️

と、

 

 

ボコボコに殴りたい💢

 

 

蹴りまくりたい💢

 

 

その怒りの波がドドドと押し寄せるときがよくあります。

 

 

例えば、自分が体調を悪いのを我慢して

よぼよぼしながらなんとか作った料理を、

 

「ホットケーキいらなーい」

 

と言われたとき。

 

 

自分が熱がある中で、主人が遊びに出かけている中、

ヨロヨロしながら自転車で園にお迎えしたときに、

 

 

「お父さんに迎えにきてほしかったー

お父さんがいいー

お父さんに迎えに来てほしかったー」

 

のセリフを自転車の後ろで30連発されたとき。

 

 

もう、私の心のゆとりはシャットダウン。

優しさは全くなくなり、

般若になります。💢

 

 

「あっそ‼️

じゃあホットケーキなしで、果物だけ食べれば❓

他に何もないから‼️💢」

 

「あっそう、

じゃあ、自転車降りて、そこにいたら❓

お母さん先に帰らせてもらいます💢」

 

 

暴力はないけど、

言葉の怒声の迫力はかなり大きい。

娘、私の怒りに押されて泣く。。。。。゚(゚´ω`゚)゚。

 

主人がその場にいた時は、

主人が娘フォロー。。。

という形に。

 

 

最近は人間をダメにするクッションが我が家に

あるのですが、それにずてーーーんと寝そべって、

言っても動かない、効かない娘と相対するたびに

怒りが出てきます。

 

 

アンガーマネジメントは、子育てにおいても

大事だなあ。。。と最近本当に思います。

 

よく、ぶち打ちそうになったら、

その場から離れろ

という方法が提唱されておりますが、

 

娘と2人きりの場合、

どう離れればいいんですかね❓

トイレとか❓

ほんと、子供が小さいと置いて外出できないし、

密室での間でしか離れられないですよ。

 

 

。。。。なんにせよ、私の

マグマの奥深くには、

 

子供によって自由が失った

 

という屈折した感情が

のさばっています。。。

 

 

私は子供なんて欲しくなかったのに‼️

望む主人のためにうんだだけだよ‼️

もう子供なんて絶対うみたくない‼️うむもんか‼️💢

子供なんてうんだら人生半分削げおとされるわ‼️

 

 

。。。。という、これまたどこまでも自己中心的で

勝手な感情も。。。。

 

 

 

そして、

 

 

自分が子供の頃、ひとりでほっとかれる

ことが多かった

 

大人は自分たちのことで精一杯で、

自分の声に耳を貸すことは少なかった

 

泣いても放っておかれることが普通だった

 

一番小さかったので、よく当たられた。。。。

 

 

。。。という、

娘と同じ時期に、

疎かにされた子供の頃の自分

という姿が思い起こされます。

 

 

仕事万歳、放任万歳育児の中で育ってきたツケが

私の心の中に、ちょっとした怒りとして

根付いていることに最近気づいたのでした。

 

 

なので、主人が娘に対する行動をみて、

え、そこまでするの❓

という場面によく出会います。

 

放っておきゃいいじゃん、

わたしはそうされてきたよ?

と思うこともよくあります。

 

 

ぶっちゃけ、七五三も自分がやってこなかったので、

何故そこまでセンセーションにするのか

最初はわからなかった。。。。

 

七五三にかける義母の情熱にほだされ、

ああ、これは大事な節目なのか。。。

とやっと認識したほどです。

 

 

そう振り返るにつけ、

 

私の育児に対する屈折した心は、

実は自分が育った生活環境の中に

その一端があったことを思うのです。

 

 

けれど、自分が受けてきたことを、

そのまま同じように子に行うのは、

それは当事者が、自分の鬱憤を晴らすために

弱きものに対しておこうなう暴力、放任と変わりはありません。

 

暴力や放任をすることで、自分を癒してゆくのは

絶対に間違っています。

 

 

それらを踏まえて、

自分なりの子育てを模索してゆこうと思います。

 

 

 

自分があの家に生まれてよかったことも

たくさんあります。

それを引き継いでゆけばいい。

 

 

そして、過去に疎かににされてきたことは、

これから自分自身のインナーチャイルドと対話して、

どうしてほしかったか、それを自分が行えばいいと

思っております。

 

 

年末は、そんなことも考えれる、

いい禊の時期ですね。

 

長文失礼しました!

 

子供に対するイライラや無性に感じる怒りは、

実は自分自身の心や記憶の中に

対処の糸口があるかもしれません。