マンガ道。

漫画家森山まみちのブログです。秋田書店ミステリーボニータにて宮沢賢治の物語「銀のノスタルヂア」を不定期掲載。こちらは主に私的日記です。

わたしとヒロシマ。

本日8時15分、黙祷。

 

 

私がヒロシマを知ったのは

小学二年生の時だった。

 

学習熱心な両親と、夏の家族旅行で

山口県のザビエル記念館と、ヒロシマ原爆ドーム

原爆資料館を訪れた。

 

 

展示物はほとんど忘れてしまったが、

今は撤去された原爆を受けた人形の

破壊力の凄さは、幼かった私のトラウマになった。

 

原爆の悲惨さを伝えていない、あんなものじゃない、ということで

撤去されたそうだが、幼い私にとってはまさに

地獄を見ているような壮絶な恐怖心を植え付けさせた。

 

 

そこから戦争に関することに興味を持ち、

古本屋で「はだしのゲン」を読んだり、

当時は夏に放映されていた戦争アニメや、

ドキュメントを見て当時のことを学んだ気がする。

 

 

 

 

 

 

今改めてすごい、と思うのだが、

ジャンプで、「はだしのゲン」の連載を続けさせた

編集長の裁断は、売れる、売れない、人気をとる、以上のものを

超越した、その後もこの作品を多くの人に読んでもらえるようにしてくれた、

まさに英断だと思う。

 

あの作品を子供の時に読むのと読まないのとでは、

その後の本人の思想に大きく左右するほどかと思うほど、

漫画というものを超越した念が籠っているからである。

 

その念というものは、「経験したもの」だけが知る

当時の空気を伝えるペンの走りである、

率直な戦争への怒りを感じるからである。

 

どれほど幼い子供でも、その念は必ず伝わるであろう。

 

 

 

 

話を元に戻そう。

 

 

それから高校生になったころ。

 

原爆を取り扱った演劇をみた。

感想を劇団におくったところ、

入団しないかという誘いを受けた。

 

この頃から私は一層戦争について深く学びたいと思っていたので

是非入団して、演じてみたいと思ったが、ちょうど大学受験の

夏だったため、両親の反対にあい、諦めざるを得なかった。

 

 

そして、自分の人生上で1つ目の岐路に立つことになる。

 

平和学、戦争学をまなぶために、広島大学

推薦入試を受けることにした。

 

 

けれど、実際はそう甘いものではなく、

私が面接を受けているあいだ、緊張しながらも話しているときに、

教授陣は欠伸をしたり、体を伸びをしたりで、

まともに聞くことは全くなかった。

 

ああ、落ちたな、とそのとき察知した。

 

 

今となっては当然かと思う。

 

最近当時のヒロシマを上空から撮影したフィルムを

カラー化している大学生のニュースを見たが、

大学が望んでいるのは、まさにそのような当時の歴史の保存、

後世に伝える実質的な作業ができる者であって、

抽象的な平和を守りたいと思う中途半端な思想や考え

は吐いて捨てるほど見てきたのかと思う。

 

 

 

その後、「24時間の情事」というフランス映画をみた。

アラン レネ監督が描いた、

原爆投下後10年後のヒロシマで、日本人の男性と、

フランス人の女性が情事を重ねる作品である。

実はそのフランス人の女性は、かつてドイツ軍の愛人となり、

制裁を受けた過去をもっているという内容である。

メロドラマであるが、昭和30年、白黒の画面で平和運動を続けている

当時の広島市民の生々しさにどきっとした覚えがある。

 

 

 

 

 

それからまた時がたち、再びヒロシマについて考える時がきたのは、

こうの史代さんが「夕凪の街 桜の国」を発表した時のことだ。

 

たった32ページしかない短編の中に、人物の葛藤や

歴史的背景、作品の枠を超えた原爆を負った苦しみがにじみ出ている

最後にはおとろしい結末を迎える主人公の哀しみを読んで、

非常に衝撃を受けた。

 

 

戦争漫画、というジャンルが再び多くの人に

認知されるきっかけを作った傑作だと思う。

 

 

また、随分後になったが、「この世界の片隅に」も、

 

 

 

作家自身が物語の世界に入り込む執念

 

を見せつけた傑作である。

 

周知の通り、主人公が右手を失ってからは作者自身も

左手で絵を描き、原爆後の主人公に降りかかる悲運を

ありのままに、率直に描いた。

 

本作を描き切るのはかなりの労力を要したと思うが、

時を経て、その後映画化となり、多くの人に改めて

当時の人々の生き様や日常を伝えてくれる作品となった。

 

 

 

私は本著を読んで、やっと井伏鱒二の「黒い雨」を

読んだのだが、そこでも、奥さんが戦時中の食事メニューなどの

献立をしるしており、「この世界の〜」の日常の描き方の

ペーソスとなったことを思い知った。

 

 

「黒い雨」に関しては映画を学生時代に見たのだが、

この時はあまり理解ができずに実は内容を深く記憶していない。

 

 

 

。。。以上、私とヒロシマとの関係は

このように微々たるものである。

 

 

原爆ドームも小学生の時以来一度も

足を運んでいない。

 

 

ただ、毎年黙祷し、

原爆に関するNHKスペシャルを見るだけとなってしまっている。

 

 

 

 

これから8月15日まで、日本人にとっては

過去の惨禍を振りかえる時期になる。

 

 

死者が思いを繋いでくれる日々でもある。

 

 

日常のそこかしこに彼らは今なお生き、

私たちにひっそりと、それでも力強く教えてくれている。

 

 

今はその声が最も聞きやすい時期である。

 

 

私は彼らの言葉を、いくつでも聞きたい。